3月のライオン【人に合わせて生きられることが正しいという前提】から抜け出す

※11巻までを読んでない方にはネタバレになる可能性があります。ご注意ください。

【中古】3月のライオン <1-11巻セット> / 羽海野チカ(コミックセット)

子どものころは漫画が大好きで、読み漁ってましたが
今読む漫画は数少なくなって、そのうちの1つがこの漫画。
羽海野チカさん作、「3月のライオン」
前作「はちみつとクローバー」が大好きで、その流れで買いました。

ざっくりと内容を説明すると、主人公の零は、中学生でプロになった棋士。
家族を亡くし、幼いころから友達もいなくて、将棋一本で生きているところに
温かい家族と出会って変わっていくというお話し(だと認識している)

この話の中で、とても印象的なエピソードがありました。

===============

零と出会った、「温かい家族」の女の子、ひなちゃんは、
友達のいじめをかばって、いじめの対象になる。
そのひなちゃんは、「逃げたらきっと後悔する」といって、修学旅行にも参加する。

===============

対して零は、

===============

中学生でプロ棋士になり、一度は高校進学をやめたが、1年後に高校に入りなおしている。
その理由は『逃げなかったという記憶が欲しいから』。

===============

ここまではひなちゃんとおなじような理由で学校という場所に挑んでいる。

ただ、零は、入りなおした学校で、クラスに友達ができず、
唯一理解してくれる先生と、一年先輩の部活に入り、友人を作るのだが
1年後先輩たちが卒業し、また一人になる。

修学旅行も、欠席する。(行きたくなくて必死で将棋を戦うというエピソードあり。笑)

そこで、零の至った結論は、「まあ、いいか」ということだった。

以下引用です。

――結局 何も変わらなかった。

「クリアしなきゃ」と何度も体当たりして
いっぱいケガして泣いた クエストは
ラスト まさかの
「ま もういっか」っていう
考えてもみなかった着地点におさまった。

「お前がクリアしたかったのは
 クエスト自体じゃなくて
 多分
 気持ちのおさまり場所だったんだろうな」

羽海野チカ著「3月のライオン10巻」より

私はこの内容に、衝撃と感動を覚えました。

いじめや不登校、大衆になじめない数多くの漫画やドラマでは、
ひなちゃんの行動を正しいとする。
友達が居ない主人公に、最後は友達がたーくさんできてハッピーエンド。

「それが正しい」という大前提があるんです。
周りに合わせて生きる能力。これが一番正しいと。
それが出来ない人もいるけど、それは乗り越えなくてはならない障壁であると。
内容が、逃げようが戦おうが問題提起だろうが、根本にこの考えがある気がします。

「一人が良いなんて嘘」
「寂しくないなんて嘘」

という前提。

本当は、

「【一人でいるのは良くないこと、異質であること】とみられる事」が
辛いんじゃないかと思う。
そしてその本人が、これは異質なこと、ダメなこと、自分はダメ人間と思ってしまう結果、
「後ろめたさ」を背負って生きていくことになるのでしょう。

羽海野チカさんがどのような思い出零の学生生活の着地をここに持ってきたのかはわかりませんが、(まだ卒業してないし、変わる可能性も十分ある)
自分なりに戦った結果、これでよかったと思える人は
たとえクラスに一人も友達が居なくても「正しい」のだと思う。

本来当たり前なはずの感情を思い出させてくれました。
本当に好きなエピソードです。